— 物語 —
縁側に、白いのがみっつ並んでいた。
雪丸は黙の頭のうえ。大福は膝のうえ。そしてもうひとつ、細い足でおそるおそる畳を踏む、あたらしい白。
「しきにゃん!」
大福が言った。ポウ、と鼻を鳴らして。じぶんで呼んでおいて、うれしくなったのか、もういちど「しきにゃん」とくり返した。
「まだ、決めてないの」
黙はそう言った。言ったのに、指先は湯呑みのふちをなぞったまま止まっていた。しき。舌に置くと、雪の降りはじめのような音がした。
子猫は名を呼ばれたと思ったらしい。ふり返って、黙を見た。まるい目のなかに、縁側の光がふたつ、ちいさく灯っていた。
黙は長く生きすぎた。呼んだ名の数だけ、呼べなくなった名がある。花の名も、鳥の名も、人の名も。だからいつも、名をつけるまえに少し、ためらう。呼んでしまえば、その子はもう、この世につながれてしまうから。
雪丸が頭のうえで羽を動かした。急かすでもなく、ただ、いいんじゃないか、というふうに。大福は膝のうえで、しっぽの先だけをぱたぱたさせていた。
———
「……シキ」
呼んでみた。
子猫の耳が、ぴん、と立った。畳を蹴って、膝のうえまでのぼってきて、大福の隣にちんまりと丸くなる。そうして、喉のおくから、ようやくひとつ。
「……しゃき、でしゅ」
ちがう、と黙は思わず笑った。
「シキ、よ」
「……しき、でしゅ」
まだ、うまく言えない。それでもその子は、もらったばかりの名を、たいせつそうにもういちど舌にのせた。決まってしまった、と黙は思う。呼んでしまえば、もう手放せない。
湯気が、ゆっくりのぼっていた。みっつの白のうえを、冬のはじめの陽が、しずかに撫でていた。
了