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— 物語 —

氷を運ぶ

朝から三十九度あった。

窓を開けても入ってくるのは熱で、閉めれば閉めたで空気が止まる。北向きの部屋は日が入らないぶん夜も冷えない。日が落ちても、壁が昼のあいだに溜めた熱をゆっくり返してくる。

扇風機を回した。

回ったのは風ではなく、熱そのものだった。

冷凍庫から保冷剤を出して、タオルに包んで、首の後ろに当てる。ひんやりするのは最初の数分だけで、あとはぬるくなった布が張りつくだけになる。それでも当てていた。当てていないよりはましだった。

机に向かった。手が汗で滑って、線が思うところに置けない。一本引いて、消して、また引いた。

肩に重みが乗った。

「もってきたよ」

大福だった。

くちばしに、氷をひとつ。冷凍庫の製氷皿から失敬してきたらしい。

それは、氷ひとつだった。この部屋の熱に対して、氷ひとつだった。

「……ありがとう」

受け取って、手のひらにのせた。すぐ溶けはじめて、指のあいだを伝って落ちた。

雪丸が、その水滴を見て、それから机の端に置かれたぬるい保冷剤を見た。

「取り替えてくる」

そう言って、飛んでいった。

しばらくして、冷えた保冷剤が戻ってきた。タオルも替えられていた。首に当てると、ちゃんと冷たかった。

———

縁側の日陰に、シキが伸びていた。

長い毛が、暑い日はいっそう暑そうに見える。腹を上にして、足を投げ出して、動く気配がない。

「……しきにゃん、とけないでー」

目も開けずに、力なく、そう言った。

それだけだった。氷も、保冷剤も、持ってこない。

ただ、暑い、と言った。

私も、そうだね、と言った。

部屋は、涼しくなっていない。

三十九度は三十九度のままで、壁はまだ熱を返している。何ひとつ解決していない。

それでも、首のうしろだけが冷たかった。

———

二羽は、それぞれのやりかたで氷を運んでくる。

片方は、溶けるものを。

片方は、続くものを。

猫は、何も運ばない。

ただ、おなじ暑さのなかにいる。

どれも、いる。

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