— 物語 —
団子の数で、話がまとまらなかった。
前の晩のことである。台所で、黙が白い粉を練っていた。水を少しずつ足して、耳たぶほどの柔らかさになるまで、黙って手を動かしている。
雪丸は、その横に立っていた。
「十五だろう」
言ってから、当たり前のことを言ったと思った。十五夜なのだから、十五である。
「わたくしの聞きおぼえでは、十二でございます」
流しの縁に、シキが座っていた。前足をそろえて、尾を体に巻いている。
「十二」
「はい。ひと月にひとつずつ、と」
「どこの話だ」
シキは答えなかった。答えずに、黙の手元を見ていた。
「ぼくは、ひとつがいい」
足元から声がした。大福が、床に置いた布巾の上で丸くなっていた。
「ひとつ」
「おおきいの。まんまるの。おつきさまみたいな」
「それでは月が二つになる」
「いいよう」
よくはない。
黙は、何も言わなかった。練り終えた生地をちぎって、手のひらで転がしはじめた。ひとつ、転がして、盆に置く。またちぎる。
雪丸は、盆の上を数えた。
ひとつ、ふたつ。
黙の手は、速くも遅くもならなかった。十を過ぎても、十二を過ぎても、同じ調子で転がした。
十五で、止まった。
「……」
シキが、尾の先を一度だけ動かした。
「じゅう、ご」
大福が、盆を見上げて言った。
「じゅう……ご、や?」
「そうだ」
「おおきいの、ないねえ」
「ない」
大福は布巾の上で、少しだけしぼんだ。
黙は手を洗いに立った。鉢の底に、生地が少しだけ残っていた。
雪丸は、それを指でこそげて、手のひらに乗せた。
転がした。黙がやっていたように、軽く、同じ調子で。
まるくならなかった。片側だけふくらんで、もう片側がつぶれた。押し直すと、今度は反対側がつぶれた。残っていた生地を全部まとめたので、盆の団子のどれよりも大きい。
雪丸は、しばらくそれを転がしていた。
まるくならないまま、小皿に置いた。盆には乗せなかった。
シキが、それを見ていた。何も言わなかった。
黙が戻ってきて、小皿を見た。それから雪丸を見た。何も言わずに、灯りを落とした。
◇
当日は、昼から雲が出ていた。
縁側に三方を出して、団子を積んだ。下に九つ、その上に四つ、てっぺんに二つ。すすきは、裏の斜面から黙が二本だけ切ってきた。
日が落ちても、月は出なかった。
雲の向こうが、ぼんやりと明るい。そこにあるのはわかるのに、顔を見せない。
四人で、縁側に並んで待った。
雪丸は、待つあいだに三方を見た。
積み方が、少し低くなっている気がした。
数えた。
十四だった。
隣を見ると、黙が月の方角を見ていた。頬が片側だけ、わずかにまるい。
「黙」
「ん」
声が、こもっていた。
雪丸は、それ以上言わなかった。
しばらくして、風が出た。すすきが揺れて、雲の縁が薄くなった。
もう一度、数えた。
十三だった。
大福が、三方のすぐ脇に座っていた。さっきまでもう少し離れていたはずである。ふくよかな腹が、縁側の板にぴったりとついている。
「大福」
「ぼくじゃないよう」
「まだ何も訊いていない」
「ぼくじゃないよう」
大福は動かなかった。動かないように、じっとしていた。
雲が切れた。
月が出た。
思っていたより低いところに、思っていたより大きく出た。縁側の板が白くなって、すすきの影が長く伸びた。
「おつきさまだあ」
大福が、腰を浮かせた。
腰の下に、平たくなった白いものがあった。
大福は、それを見た。雪丸を見た。もう一度、それを見た。
「……ぼくじゃないよう」
そのとき、三方の向こうで、ころん、と小さな音がした。
てっぺんの一つが、縁側の端まで転がって、庭へ落ちた。
シキが、三方のそばにいた。前足を片方だけ、宙に浮かせている。浮かせたまま、月のほうを見ていた。
「シキ」
「はい」
「いま、何をした」
「落ちました」
「落としたんだろう」
「落ちました」
シキは前足を、音もなく下ろした。
雪丸は、三方を数えた。
数えなくてもわかっていた。
十二だった。
シキは、月を見上げたまま、尾を体に巻きなおした。
「雪丸さま」
「なんだ」
「お月見の晩は、盗られるほうが、縁起がよいそうでございます」
「……おまえは、盗っていないんだろう」
「はい。落ちましたので」
黙が、ようやく口の中のものを飲みこんだ。
それから、三方をほんの少しだけ、雪丸のほうへ押した。
雪丸は、三方には手を伸ばさなかった。
縁側の奥から、小皿を持ってきた。いびつな、大きいのがひとつ乗っている。
それを、大福の前に置いた。
大福は、小皿を見た。月を見た。もう一度、小皿を見た。
「……まんまるじゃないねえ」
「うるさい」
大福は、それでも嬉しそうにふくらんだ。
雪丸は、月を見た。
三方は、十二のまま朝まで置いておくことにした。
了