— 物語 —
畳の上に、ふたつの山ができている。
出すものと、置くものである。
押し入れの奥から出たものを、雪丸が一つずつ運んでは黙に見せる。黙が短く答える。それを繰り返して、昼を過ぎた。
「これは」
「出す」
「これは」
「出す」
答えが速い。迷いがないというより、見た瞬間に決まっているらしい。雪丸は、そういうものだと思って手を動かしている。
本の束に手をかけたときだった。
いちばん上の一冊を持ち上げて、黙に見せる。
黙の手が止まった。
「どうした」
「……まだ、読むかもしれないし」
雪丸は、手元の本を見る。
背が、日に焼けている。棚に立てたまま、日の当たる向きで、ずいぶん長いあいだ置かれていた色。表紙の縁も、指の触れるところだけ白く擦れている。
開いてみる。
中は、きれいだった。
折り目がない。頁の白さが、表紙の色と噛み合わない。外側だけが年を取って、中身はそのまま残っている。
「何年も読んでないよな」
黙は答えない。
「きれいだもんねえ」
足元から声がする。大福が畳に腹をつけたまま、首だけ持ち上げてこちらを見ている。
「きれいだから、しまっとくんでしょ」
黙が、少しだけこちらを向いた。
「面白かったから」
そう言う。
「面白かったから、大事に残そうと思って」
雪丸は、開いた頁をそのままにして、しばらく持っている。
それから、閉じずに置いた。
◇
気づくと、シキが部屋にいた。
入ってくる音を、誰も聞いていない。出すほうの山のそばに座って、尾を体に巻いている。
「ずいぶん、お出しになるのですね」
「ああ」
シキの目が、山のいちばん上へ向いている。金具の外れた、蓋の浮いたままの小箱。
前足が出る。
つ、と押す。小箱がわずかに傾いて、戻る。
もう一度。
「……失礼いたしました」
前足を引き、そろえ直す。背を伸ばし、尾を巻き直して、品のいい座り方に戻る。
三つ数えるほどの間があった。
また押す。
「シキ」
「……手が、勝手に」
雪丸は、それ以上を言わない。言っても止まらないのを知っている。
小箱は、押されるたび山の端へ寄っていく。
黙は見ている。見ていて、何も言わない。
やがて、シキが立ち上がった。
出す山を離れ、置くほうへ歩いていく。歩いて、本の束の上に乗る。
前足をそろえ、尾を巻き、目を細める。
「シキ。そこはまだ決まってない」
「さようでございますか」
動かない。
黙が口を開きかけ、やめた。
いちばん上の一冊は、さっきまで黙が持っていたもの。
その上に、シキが座っている。
◇
出したぶんだけ、箱が空く。
雪丸が空き箱を畳もうとして、手が止まった。
大福が入っている。
「出ろ」
「やだ」
「畳めない」
「ここ、いいの」
もにょもにょと体をよじって、底の隅に収まり直す。四隅に羽が詰まって、隙間がなくなる。
「大福」
「いいのー」
雪丸は縁に手をかけ、持ち上げようとする。持ち上がらない。中身のぶんだけ重い。
シキが、本の束の上から見ている。
箱を見ている。
尾の先が、一度だけ跳ねた。
「……わたくしは、けっこうでございます」
誰も訊いていない。
「黙。この箱は出せない」
「そう」
黙は、それだけ言った。
出す山の横に、出せない箱がひとつ増える。
◇
日が傾く。
出す山は、朝より少しだけ高くなった。置く山は、ほとんど減っていない。
雪丸は、数えるのをやめた。
黙が本の束のところへ行く。シキが身をよじって、少しだけ場所を空ける。どく気はないらしい。
黙は、いちばん下から一冊だけ抜いた。
畳に座って、開く。
誰も、何も言わない。
大福は箱の中で目を閉じている。
その縁に、シキが前足を一本だけ掛けている。入りはしない。降りもしない。
雪丸は、端へ寄っていた小箱を、山の真ん中へ戻した。
頁をめくる音がする。
「……黙さま」
「ん」
「そちらは、面白うございますか」
黙は、頁から目を上げない。
「うん」
シキは、それ以上を訊かなかった。
了