— 物語 —
押し入れの上の段に、衣装ケースがひとつ。
雪丸が両手で下ろす。思ったより軽い。冬のものは、かさのわりに重さがない。
蓋を開けると、しまっておいた匂い。
黙がいちばん上のカーディガンを引き出し、袖を通して、肩を一度すくめた。
「出すか」
「出す」
それで、今年の衣替えが始まった。
◇
大福は、ケースの縁の上。
中をのぞきこみ、毛糸の帽子に顔をうずめる。
「あったかいねえ」
「入るなよ」
「入らないよお」
半分、入っている。
「大福」
「ぼくはいいの。一年じゅう、冬だから」
胸を張る。張ったぶんだけ、帽子がつぶれた。
雪丸は帽子を引き抜いて、ケースの外へ。
羽のあるものに、衣替えはない。夏も冬も、同じ一着である。雪丸もそうで、不便だと思ったことは一度もない。
黙が二枚目を出し、三枚目を出す。畳の上に、冬の色がひとつずつ。
◇
シキが、廊下からこちらを見ていた。
いつもより、ゆっくりと入ってくる。
雪丸は、ふと目を止めた。
大きい。
いや、大きいのではない。ふくらんでいるのだ。首まわりの毛が厚くなって、顔がひとまわり小さく見える。尾も、夏よりずっと太い。
「シキ」
「はい」
「なんか、増えてないか」
シキは座って、尾を体に巻く。巻ききらない。
「……ういんたー、こー……」
そこで止まった。
「……冬の、よそおいで、ございます」
言い直して、すまし顔。
大福がケースの縁から降りてきて、ころん、と畳を転がり、シキの横に並んだ。
並ぶと、白い丸がふたつ。
「シキにゃん、まるくなったねえ」
「……大福さま」
「ぼくと、いっしょだねえ」
シキは、少しだけ考える顔をした。
「……光栄に、ございます」
雪丸は、ふたつの丸を見比べる。
どちらが大きいかは、言わないでおく。
◇
黙は外套を一着広げて、洋服ブラシをかけていた。
上から下へ。肩から裾へ。毛の向きに沿って、同じ速さで。
シキの耳が、そちらを向く。
一歩、寄る。
また一歩。
外套の端に前足を乗せ、乗せたところで、そろえた。
「シキ」
「……失礼を」
どかない。
黙は、ブラシを止めた。
立って、棚の引き出しへ。目の粗いブラシをもう一本出して、戻ってくる。
座って、膝を、ぽんと叩く。
シキは、品よく乗った。
乗ったぶんだけ、膝からはみ出す。
◇
ブラシが通るたび、毛が出る。
黙の手の甲に、膝に、畳に。白い綿が、ふわふわと。
シキは目を細め、喉を鳴らしはじめた。はじめは小さく、そのうち部屋の隅まで届くくらいに。
「……はしたない、ことで」
鳴らしながら言う。止まらない。
大福が、黙の膝の横に並んで待っていた。
「大福」
「ぼく、つぎ」
「羽だろ」
「つぎー」
黙は何も言わず、シキを膝から降ろす。
大福の背に、ブラシの毛先をそっと当てて、羽の流れに沿って、ひと撫で。
大福の目が、閉じ笑いの形になった。
「えへえ」
ひと撫ででいいらしい。ふた撫でめには、もう寝息。
◇
雪丸がケースの蓋を閉めようとしたとき、視線を感じた。
黙が、ブラシを持ったままこちらを見ている。
「……俺はいい」
黙は、何も言わない。
「いい。俺は、いい」
黙が膝の毛を払い、空いたところを、ぽんと叩く。
雪丸は、しばらく立っていた。
「……一回だけだぞ」
人の形が、ほどける。
膝の上に、小さな白い鳥が一羽、降りた。
ブラシが、頭から背へ、一度だけ。
雪丸はじっとしている。目は閉じない。羽の先だけが、少しふくらんだ。
「……もう、いいだろ」
もう一度、通る。
今度は、何も言わなかった。
◇
日が落ちると、部屋が少し冷える。
畳の上には、冬のものと、白い毛の小山。
黙はカーディガンの袖を伸ばして、手の甲まで隠した。
シキが膝に戻り、大福は寝たまま背中のほうへ転がってきて、雪丸は頭の上。
黙が、ちいさく息をつく。
「……おもい」
誰も、降りなかった。
了