— 物語 —
机の灯りだけが、まだ起きていた。
黙はペンを持ったまま、紙に顔を寄せる。線を一本引いて、消す。もう一本。今度は、消さない。消しくずを指で払うと、また次の線。紙の上を走るペンの音だけが、部屋に細く続いている。
雪丸は頭の上。羽をたたんで、じっとしている。ときどき首だけをかしげて、紙をのぞく。
「まだやるのか」
「まだやる」
話は、それで終わり。雪丸も、それ以上は言わなかった。
大福が、机の端までころがってきた。止まるつもりで止まれず、ペン立てにこつんと当たる。
「黙ちゃん、ぼくもてつだう〜」
「なにを」
「えっとねえ、あの……いろを、こう、ぬりぬりする、あれ」
「塗りな」
「それ〜」
閉じた目のまま、うれしそうに体ごと傾く。傾いたまま、しばらく戻ってこない。
大福は筆洗いの横に陣取り、水面をのぞきこむ。のぞきこんだぶん、映った顔がまるくなる。もうすこしのぞくと、もうすこし、まるく。
「こぼすなよ」
「こぼさないよお」
羽の先が、ちょん、と水に触れた。輪がひとつ、ゆっくり広がっていく。大福はそれを、目で追いかけている。
黙は見ていないふりをして、筆を洗う水を、そっと奥へずらした。
◇
廊下の暗がりから、白いものが来る。
シキだった。足音をたてずに、すまして机をまわる。
まわる途中で、自分のしっぽが目の端をかすめた。前足が、ぱしっと出る。もう一回、ぱしっ。
そこで、はっと止まった。前足をそろえて座りなおし、何ごともなかった顔で、黙の膝へ。
「……いまのは、見なかったことに。おそくまで、おつかれさまでございます」
「起こした?」
「いいえ。わたくしは、その……ないと、ぱ、ぱとろ……」
そこで止まる。しっぽの先だけが、考えるように揺れた。
「……見回りで、ございます」
膝の上で、ゆっくり丸くなった。丸くなったまま、見回りは終わったらしい。
黙はシキの背をひと撫でして、またペンを取る。けれど、さっきほど線が進まない。手が止まって、肩が、すこし落ちた。
雪丸は頭の上から飛び降りた。床に着くより先に、人の形になっている。
台所で、やかんが小さく鳴りはじめる。湯を沸かして、湯呑みをひとつ。机の、紙にかからないところへ。
「ほら」
「ありがと」
黙は湯呑みを両手で包んで、しばらく、そのまま。湯気が、灯りの中でゆれては消える。
◇
大福は、筆洗いの横で寝ていた。羽の先が、まだ少し湿っている。
シキは、膝の上で寝ている。
起きているのは、黙と、雪丸と、机の灯り。
「あと、ひとつだけ」
「ひとつだけな」
雪丸は、自分の羽織を黙の肩にかけた。それから机の横に腰をおろして、灯りの届くところで待つ。
紙の上で、線がもう一本、増えた。
了