— 物語 —
冷凍庫をあけると、霜の奥に、小さな箱がひとつ残っていた。
ふたを取る。白くて丸いのが、ふたつ。粉をまとって、行儀よく並んでいる。
「こっちが雪丸。こっちが大福」
黙は、左と右を順に指さした。
頭の上で、雪丸の羽がすこしふくらむ。
「どうして俺が左なんだ」
「なんとなく」
足もとから、大福がのびあがった。
「ぼくのほうが、おおきい〜」
「同じだ。同じ型から出てきてるんだから」
雪丸の声が、いつもより少しだけ早い。
黙は箱についてきた小さなピックを取って、左のを刺した。
「……俺からか」
「うん」
ひと口で、半分。冷たさが歯にしみて、黙は目をつむる。もうひと口で、なくなった。
雪丸は何も言わない。言わないまま、黙の髪のひと房を、くちばしでそっと整えた。
大福は箱のふちに両足をかけて、残ったほうをのぞきこんでいる。
「つぎ、ぼく〜?」
「うん」
「わあ〜」
なにがうれしいのか、体ごと傾いてよろこぶ。傾いたまま、黙がもうひとつを口へ運ぶのを、最後まで見ていた。
「ぼく、もちもちだった〜?」
「もちもちだった」
大福は満足そうに、目を閉じる。
◇
「大福、シキ。お風呂いこう」
タオルを肩にかけて、黙が言う。
「雪丸は、作業してて」
「ああ」
雪丸は頭の上から机へ移った。紙の束の前に立って、もうこちらを見ない。仕事のときの背中である。
大福は、呼ばれる前から廊下を跳ねていた。
シキはソファから降りて、しずかについてくる。脱衣所の手前で、足が止まった。
「黙さま。わたくし、その……しゃん、しゃんぷ……」
しっぽの先が揺れる。
「……おゆは、すこし、こわいのでございます」
「うん」
「ですので、おともは、ここまでで」
シキは足ふきマットのまんなかに座りなおした。前足をそろえ、背すじをのばす。見張り番のような座り方だった。
湯船につかると、黙の肩から、ゆっくり息がぬけた。
大福は湯船に入らない。洗面器にぬるい湯を張ってもらって、そこに収まっている。収まって、ぱちゃぱちゃと羽をゆする。しぶきが黙の顔にかかった。
濡れた大福は、ひとまわり小さい。ふわふわが寝て、思っていたより細い首が出てくる。
「大福、ちいさくなった」
「えっ」
大福は洗面器の中で、自分の胸を見おろした。
「……ぼく、どこいったの〜」
「乾けば戻るよ」
「そっかあ〜」
湯気のむこう、すりガラスに白い影がひとつ、きちんと座ったまま動かない。
黙は湯船のふちに顎をのせた。
「……だれも、いっしょに入ってくれないじゃん」
洗面器の大福が、首をかしげる。マットのシキは、聞こえないふりをした。
◇
髪をタオルで包んで居間にもどると、机の灯りがついていた。
紙の束は、きちんと揃えてあった。描きかけの一枚だけが、上に出してある。続きはここから、とでもいうように。
雪丸は机の端で、羽をたたんでいる。
「終わったの」
「終わった。そっちは」
「終わった」
黙は雪丸の隣に腰をおろして、ドライヤーをつけた。弱い風を、膝の上の大福にあてる。風があたるたびに、しぼんでいた羽が、すこしずつ起きあがっていく。シキがその横に座って、ときどき前足で、大福の背をととのえてやった。
「揃えてくれたの」
「仕事だからな」
「雪丸は、濡れたらどうなるの」
雪丸は答えない。答えないまま、羽をほんのすこし、ふくらませた。
しばらくして、ぽつりと言う。
「……次は」
「うん」
「次は、俺のほうを、あとにしろ」
黙は、台所のほうを見た。冷凍庫には、もう何も入っていない。
「明日、買ってくる」
「ふたつ入りのをだ」
「わかってる」
膝の上で、大福がやっと、もとの丸さにもどった。
「ぼく、いた〜」
了