— 物語 —
湯あがりの黙が、頬を赤くして居間にもどってきた。
ソファのシキを見つけると、そのまま、ひしっと抱きつく。
「シキにゃん」
シキは目をまるくした。
「……黙さま。いきなりは、はしたのうございます」
そう言いながら、逃げない。しっぽの先だけが、ゆらゆらと揺れている。
黙はシキの背中に顔をうずめて、くぐもった声で言った。
「けものたちよ。温泉は、いいぞ」
頭の上で、雪丸が何か言いかけて、やめた。
足もとで、大福がのびあがる。
「おんせん〜?」
「おっきいお風呂。お外にあってね、湯気がもくもくしてて、みんなで入るの」
「みんなで〜」
大福は、体ごと傾いた。傾いたまま、しばらく考えている。
「……ぼく、せんめんきでいい?」
「温泉に洗面器はない」
「えっ」
頭の上で、雪丸が小さく息をついた。
「入る前から、入らない話をするな」
「雪丸は入るの」
雪丸は答えない。答えないまま、羽の先をすこしだけ、たたみなおした。
腕の中で、シキが身じろぎをする。
「わたくしは、その……す、すぱ、とか……」
「すぱ?」
「……おゆの、ちいさいほうで、けっこうでございます」
◇
黙はドライヤーをつけて、大福に向けた。
ぶおお、と風が鳴る。大福の羽が、ひとつ残らず起きあがって、まんまるになった。
「わあ〜、ふわっふわ〜」
「ほら。温泉のあとは、こうなるの」
「おんせん、いいね〜」
まだ行ってもいないのに、大福は満足そうに目を閉じる。
シキは黙の腕の中から、ふくらんでいく大福を、じっと見ていた。
頭の上で、雪丸の羽が、ほんのすこしだけふくらんだ。
◇
布団にもぐってから、黙はスマホで温泉の宿をさがしはじめた。
画面の光に、大福が寄ってくる。
「どれ〜?」
「これ。お外のお風呂。山が見える」
「わあ〜。せんめんき、もっていっていい?」
「いいよ」
「おまんじゅうも、ある〜?」
「温泉まんじゅうなら、あるかも」
大福は布団のはしで、もう半分ねむったような顔になる。
シキは枕もとで、画面の小さな字を読もうとして、目を細めた。
「……ぺ、ぺっと、か……」
「動物もいっしょに泊まれる宿だって」
シキのしっぽが、ぱたり、と布団を打つ。
「わたくしは、ぺっとでは、ございませんので」
「じゃあ、なに」
「……おとも、で、ございます」
黙は笑って、画面をもう一枚めくった。
頭の上の雪丸は、さっきから、ひとことも言わない。
「雪丸」
「なんだ」
「さっきの。入るの」
しばらく、返事がなかった。
画面の光が消えて、部屋が暗くなる。
「……足だけなら」
暗いなかで、大福がくすくす笑った。シキのしっぽが、もう一度だけ、布団を打った。
了